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2004.04.15

世界の中心でキムタケを叫んだ腐女子

このサイトは、URLを見て頂けるとわかる通り、@Niftyが運営する「ココログ」というサービスを利用して作成しているワケだが、今、その「ココログ」が大変なコトになっている。

ちょっと大袈裟かもしれないけど「今、自分はもしかしたら、このネットという文化の中に身を置いていて、一つの大きな出来事に立ち合っているのかも?」という気がしてならない。

今夜は仕事の後にちょっとお酒入ってしまったので、ゲームはお休みしてコレを書いているワケだが、何が大変かというと、「腐女子の行く道、萌える道」と「週刊!木村剛」の二つのココログが巻き起こしている波紋の事だ。

「腐女子の行く道、萌える道」については、しばらく前から右下の「気になる人々」のところでリンクを貼らせて頂いていたので、ココを定期的に訪れてくれていた方々には既にご存知のサイトだと思うし、ココログ運営者やブロガーの人々にとっては、今回のことは既に目にしている方も多いと思う。

なのでいきさつや、その事から考察される様々な事は、「小鳥 (a little bird)」さん他、様々な方がトラックバックやコメントで語られているし、Gaiもまったく同感なので、ここでは省こうと思う。

 
Gaiはバンドマンであり、オタとは言えないまでもゲーム好きなイイ年をした社会人であるが、本職はIT関係で、特にインターネットに関しては、日本における草創期より、もっというとパソコン通信や草の根BBSといった時代から関わっている。

その当時はパソコン一式揃えるのが新車を買うよりもお金がかかる時代であり、まさに「オタク」という言葉は、僕らのために存在していたようなものだった。
もちろん自分たちにはそんな意識は全くといってよいほど無かったのだが・・・

時代が移り、それが「アニメ」や「ガンプラ」、果ては「BL」といったものにまで多様化してきた。
ゲーム好きであればこそ、ハマリ度の差はあれ、それらも当然かじったりかすめたりしてきたからこそ、立ち上げ間もなかった頃から「腐女子の行く道、萌える道」というサイトにも反応したワケである。
とはいえ、さすがに訪れた当初は書かれている内容の半分くらいは意味不明ではあったが^^;

そんなGaiが、ゲームにおける「オタク」に対する思いは、過去のコラムでも何度か書いてもきたが、必ずしもゲームに限らず、「オタク」という定義、及びその境界線は、ネットワークの普及と共に、とても曖昧になりつつはあると感じていた。

ある意味これまでも、すべての人が何らかに対して「オタク」であり、「フェチ」であったワケで、おそらく遠い昔からあったのだと思う。
ただ、それらは自分だけの閉ざされた世界、或いは小さなコミュニティにおける存在だったものが、ネットという媒体を経て、境界を取り払うことを容易にしはじめた。

書いてある内容の半分も理解できなかった頃のGaiであっても、「腐女子の行く道、萌える道」の面白さを理解できたのも、「オタク」の素養と「ネット」という環境があったからこそだと思う。

ただ、それでもやはり超えがたい境界線は存在し続けている。
興味のある事と、そうでない事。
意味のわかる事と、わからない事。

ところが、この「ウェブログ」という新しいツールは、そうした超えがたい境界線をも越えさせるパワーを持っている。
今回の出来事は、そのことの具体的な表れの一つであると感じるのだ。

ネットワークゲームの魅力の一つに、性別も年齢も住む場所も関係なく、対等の存在として他者と関わりあえるという点がある。
ネットゲームの経験が無かったとしても、パソコン通信やインターネットの草創期、「チャット」や「メーリングリスト」が流行し、電話料金との戦いの日々に明け暮れた経験者ならば、理解できる部分だと思う。

しかし、それらの多くは「仮想世界のもう一人の自分」という存在があって成立する世界でもある。

一方ウェブログの作者の多くは、その記事の中においてリアルな自分をクローズアップする。
元来が「日記」なのだから当然といえば当然だ。

とはいえ完全なリアルでもない。
ネットというフィルターを介しているが為に、「イメージ」という部分が強く存在し、それが現実に対峙し、会話するのとは異なる効果や演出をもたらす。
この微妙で、一種危うさも秘めているところが「ウェブログ」の魅力なのかもしれない。

仮想世界のもう一人の自分が異質な者同士を繋ぐのではなく、リアルな自分のままで異質な他者と繋がる事ができる「ウェブログ」の世界。

今回の出来事は、そんな「ウェブログ」だからこそ起きたエピソード、「ウェブログ」でしか起こりえない出来事だったと強く感じる。

長年ネットに関わってきたGaiは、ポケベルやポストペット、ケイタイといった、メール文化の移り変わりや、草の根BBSから始まって大型掲示板へ、ゴーファー【Gopher】からGoogleへといった進化なども目にしてきた。

節目節目に登場したそういった神器の数々や、もちろんADSLの普及などと同様、「ウェブログ」も今後のネット社会に大きな変化、大きな何かをもたらすのではないか?
今、自分はその節目となる瞬間に立ち会っているのではないのか?

薄々は感じていた事だけど、今回の出来事がそれを象徴しているように感じてならないのはGaiだけではないと思うのだ。

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コメント

ちょっと見てなかった「腐女子の行く道、萌える道」でそんな出来事があったんですか・・・

blog(ネット全般かな)が世代を超えたコミュニケーションを可能とする道具だとしても、決して「全てが万能ではない」ことをしっかり認識することも重要だと思うのだ。

「仮想現実同士のコミュニケーションを楽しむ=blog の利点」と自分の中では割り切っているのだ。

投稿: はんぎょどん | 2004.04.15 10:53 午後

はんぎょどんさん、コメントありがとです。

「仮想現実同士のコミュニケーションを楽しむ=blog の利点」というのはまさにその通りだと思う。

その点ではネトゲや自作HP、大型掲示板といったものに代表されるこれまでの様々なネット上なコミュニケーションの場も同じなのだけど、ただblogはそれらとは根本的に違う何かを有していると感じるのですよ。

それが何かなと考えてみたとき、最も大きな違いは、一つには前者が多くの場合「匿名性」の上に成り立っているのに対して、blogはその「匿名性」が薄いという点が上げられるのかなと思う。

「仮想世界の無責任なもう一人の自分」という関わり方ではなくて、「等身大の自分」としてコミュニケーションがなされる場となりやすいという事ですな。

だから今回の出来事に対しても「素晴らしさ」と同時に少し「恐さ」も感じる。
「現実が関わる」恐さ、「現実を巻き込む」恐さ。

そしてもう一つの違いが「トラックバック」という機能がもたらす正確かつ即時的な伝播性の高さ。

今回のエピソードは、それぞれが注目度の高いサイトながらも、本人たちはもちろんのこと、そこに訪れる人たちもそれぞれが全く別の世界に住む住人たちで、双方が交わる可能性は少なかったはず。

たまたま両者を知る第三者の存在とトラックバックの機能が、本人たちのみでなく、それぞれに訪れる訪問者をも巻き込んで交わっていく様子は、これまでのネット上のツールには見られなかった現象であり、そこにblogが持つ潜在的なパワーを感じたというか、ちょっと感動したわけです。

とにかくもともと比較的注目度の高かった二つのサイトだけに、これを機にますますblogがブレイクするのではないかな?

そしてそれはネット上のコミュニケーションのあり方にも微妙に変化ももたらす気がする。

とはいえ、「全てが万能ではない」事もまたしかりですな。

投稿: Gai | 2004.04.16 03:23 午前

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PSOBBが当たったことが羨ましいと思うGaiさんの日記に感化されてみたよ。 [続きを読む]

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