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2004.06.24

「ネットが自分を評価する」 ~梅田望夫氏の記事に思う事

時々コメントを付け合っている「Condition green.」のかおるさんと、数日前に「ソーシャルネットワーキング」について少しやりとりをした。

まだ「ソーシャルネットワーキング」がどういうものかをご存じない方は、mixiについて簡単に説明させてもらっているので、そちらのコメントを参考にして頂きたい。

その中で交わされた「始める前の予想」と、実際に「少しやってみた後の感想」というのが、お互い共通していた点が面白いと思った。
恐らく、多くの人が同じ印象を持つのかなと感じる。

つまり始める前は「出会い系の会員制クラブ」のようなところかな?という予想であり、そして実際には、その予想は「当たり半分はずれ半分って感じ」なのだ。

そうした中、CNET Japan で連載されている梅田望夫氏の「英語で読むITトレンド」に「ソーシャルネットワーキングはどこへ行くのか」というエントリーがアップされた。

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Gaiにとっては、とても興味深い記事だった。

 
>ソーシャルネットワーキングは、親友やソールメイトをリンクすることによって得られる価値ではなく、あんまりよく知らない人たち、曖昧な知り合いのネットワークから得られる価値にこそ、その本質がある。

Gaiは、mixiをはじめてみて、そしてようやくある程度使いこなせるようになってきて、実際、実に面白いと感じているのだが、それと同時に「これまでのネットワークコミュニケーションとの微妙な違いがあるな、しかしそれは何だろう?」という疑問を漠然と感じていた。
この言葉は、その疑問の答えの一つを的確に言い当てていると思う。

>結局ソーシャルネットワーキングは、「人の評価」という問題に行き着くという

そうなのだ。
誰かが自分の書いたものにコメントを付けてくれたとする。
例えばBlogならば、そしてコメントを付けてくれた方もBぉgを持っていれば、そのBlogに書かれている内容や印象からその人の事を多少は知ることができる。
これだけでも、従来のBBSとは格段に違うのだが、とはいえ結局はそこまでだ。

ところが「ソーシャルネットワーキング」の場合、コメントしてくれた人、 或いは興味のあるコミュニティで書き込みをされている人、果ては単に自分のページを通り過ぎて行った人までも、その名前をクリックするだけでその人のページに飛び、そこでは自己紹介や日記、どんなコミュニティに興味があるのか、どんな人たちと交流があるのか、他の人はその人をどんな風に紹介しているのか・・・
とにかく様々な情報を一瞬にして知ることができてしまう。
逆に言えば、自分の事も、相手に対して同じように相手に伝わるのだ。

そして、意識・無意識に関わらず、それらの中で重要なウェイトを占めていると感じるのが、上記した「人の評価」であり、ここが「ソーシャルネットワーキング」の最も大きな特徴の一つなのではないかと感じる。

>我々はただ気の向くままに振る舞っていたら、ネットがその評判を決めてしまう

このBlogも、訪れて下さっている方々、コメントして下さる方々によって、Gaiという個人に対する評価が下されているはずである。

BBSやネット上で何気なく書いた記事が、ちょっとしたことで大論争に発展してしまうということはよくあることだ。
それによって痛ましい事件となった事例も記憶に新しい。

Blogというものの誕生は、それまでの個人ホームページやBBS、チャットといったツール以上に、「人」というものが単なる「仮想」としてではなく「現実」として表に出てくる特徴を持っているなというのを感じてきた。
前者が「仮想の自分」を構築することによって得られる「何か」を軸とするものに対して「Blog」はもっと「現実に近い関わり、繋がり」を得られるツールという印象だ。
それ故に記事の内容、文章の書き方には自分なりに注意を払ってきたつもりでもある。

しかし「ソーシャルネットワーキング」は、更にもう一歩「現実」へのアプローチ、つまり「自らのプライバシーをどんどん露出する」ことによって、そこから生まれる「繋がり」をお互いに求めようとする世界なのではないかと感じる。

だからこそ、まさに「ソーシャル=大人」の良識が一層求められ、その束縛と安心感の両面が、新しいネット上のコミュニケーションを生みつつあるのだと思う。

こう書いてくると「恐いところ」という印象を与えてしまうかもしれないが、実際はそんなことは無い。
というよりも、むしろこの形の方が「普通」に近いのだと思う。

ネットが膨れあがっていく中で、ネット上におけるホントに安全な場所というのはどんどん少なくなっていく。
そうした中で、ある意味安心して「くつろげる場所」。
その模索の一つとして「ソーシャルネットワーキング」が誕生したのではないかと感じる。

しかし問題や危険がまだまだ山積みの状態であることも事実だ。
IT業界に関わる者の一人としても、その発展を見守りながら考察を続けていきたいと思う。

「ネットが自分を評価する」
その評価が個人のステータスの一つとして、当たり前に存在する未来は、意外と近いのかもしれない。

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コメント

ども。
>「ネットが自分を評価する」

うーん、ちと難しい内容なのだ。
ここでの「評価」とは?
点数でも付けるべきなのかな?

blog とmixi の違いをまだ理解しきっていないからなのかも知れないのだが、人と人とのコミュニケーションはある時は双方向で、またある時は一方通行にもなると思うのだ。
ネット上のコミュニケーションは、シカトも自由だし、土足で書き込みすることも可能だと思うのだ。
そんな一見、無法地帯のようなネット上で、「モラルを持った人々がコミュニケーションを取る」事は、仮想世界の楽しみだと思うのだ。

では、私からGai さんに質問・・・
「面識の無い人から、自分の書いた(表現した)日記で評価される感想は?」

投稿: はんぎょどん | 2004.06.26 12:47 午前

はんぎょどんさん、どもです。
日程からすると、まだ出張先でしょうかね。
お疲れさまです。

先ず頂いた質問に答えてしまおうと思います。
「感想=大抵は嬉しい」
ですね。

Gaiは、この質問文に含まれる「評価」というのは具体的には「コメント」であり「トラックバック」に該当すると考えます。

例えばこのBlogを訪れてくれて、内容を読んで、何かを感じて、或いは何も感じないまま、どちらにしろただ立ち去ったのならば、それはコミュニケーションとは言えないので、ここで取り上げている「評価」とは無縁のものと考えるからです。

で、「大抵の人」は何かアクションを起こそうとした時に、その文章の内容や、或いは単にその文章だけでなく、そのサイトから得られる様々な情報を自分なりに「加味」し「評価」した上で、実際にアクションを起こすか起こさないか、起こすとすればどういう内容を書くかというふうに思考すると思います。

この「大抵の人」の多くは、経験上から言えば殆どがBlogerです。
Blogは言わば「名刺」のようなものだと思います。
Gaiやはんぎょどんさんは、ネット上で一応名刺を持って活動しているといえます。

しかし多くの場所で、そんな僕らでも名刺を出さずに「匿名」でアクションを起こすこともできます。

実際、このBlogにコメントして下さる人の中にも、全くアドレスもなく、時には名前さえない書き込みがあったりします。
幸いにして「荒れる」ような書き込みは、現在まで無いのをとても嬉しく思います。

他のBlogerの中には困り果てて、アクセス制限をかけたりと、苦労している方もいたりします。

匿名掲示板では名乗らない事がむしろ当たり前であり、従って思いつくまま自由に発言が繰り返され、時にその「自由」が真理を突く事もあれば、時に傷つけ合うだけの虚しいやり取りに終わることもある。

自分というものを伏せる事によって、例え匿名掲示板でも、Blogでも、まさにはんぎょどんさんが言われる通り「シカトも自由だし、土足で書き込みすることも可能」という状況が生まれることになります。

しかしそういった書き込み者を「評価」する事には意味がありません。
個を特定できなければ、例え何らかの「評価」をしても、その場だけのものだから、のちに意味をなさなくなります。

SNSは、もちろん実名でもないし、本人自身を公開するものでもありませんが、しかし「自分」というものを「特定」してコミュニケーションをするのが前提となります。

ニックネームはいつでも変更できますが、例えそうしたとしても自分のページに辿り着くことには変わりがない。

従って「評価」が有効になってきます。
ここでいう「評価」というのは、「点数」ではなく、その人とコミュニケーションを取ろうとする時の、自分の中の、或いは相手にとっての判断基準のようなもの。

気になる内容があった時に、コメントしようかな、するとしたらどういう書き方をしようか・・・

匿名掲示板なら大して気を遣わないでしょう。
Blogであっても、アドレスや名前を書かないのであれば、同じように気楽に書けます。

しかしSNSではそうはいかない。
相手に対する評価、自分に対する評価を全く意識しないわけにはいかない。

mixiの中で、いくつかの出来事に遭遇しました。

ある方の日記上では激しい論争が展開されているものがありました。
最初はモラルの感じられる内容でしたが、次第にそれは匿名掲示板と変わらないノリに発展していきました。

しかし、匿名掲示板と違ったのは、その後その方たちの紹介者やリアル友人たちが仲裁に入った展開でした。

まさにSNSだからこその展開だなと感じました。

また、見知らぬ人から「友人希望」のメールが届くが、無碍に断れないと悩む女の子もいました。
「自分」というものが、相手に特定される状況、評価の対象となり得るからこその悩みであると思います。

ある人の日記に何気なくコメントしたら、「あのGaiさんですか?」とレスが帰ってきたこともありました。
このBlogを知っている方でした。

ネット上で「自分」というものを特定し、そして何らかのアクションを起こした時から、そのネット上における自分に対する「評価」は避けられなくなるのだと思います。

あとはそれを気にするか、しないかしかない。
しかし「紹介者」や「友人」という繋がりもあるワケで、そこに身を置きたいと考える限りにおいては無視できない要素ではあると思います。

ただし、ここに書いてきたことは「SNS内でコミュニケーション」を取りたいと考える人だけに当てはまる事なのかもしれません。

単にそこに居るだけ、眺めて回るだけ、思いついたことを日記に書くだけ。コメントにも反応はするつもりはない。
そういったいわゆるROMという存在ならば、それらは無視できることになりますね。
ただ、それではSNSに身を置く意味も無いように思います。

実はmixi内の日記をBlogから「mixi日記」に変更した理由も、今回感じた要素も少し影響しています。

Gaiの持った感想は、「BlogとSNSは明らかに違う」というものでした。
もう少し正確に言うと、「Blogとは違う方向に発展していきそうだな」という印象。

そしてその違いの大きな要因の一つが、「個人の特定」であり、ネット上の「友人」の存在であり、そこから派生する「自分に対する評価への意識を避けにくい」という点であった事に、梅田望夫氏の記事から思い至った、というのが今回のエントリーの趣旨でした。

しかし、はんぎょどんさんのコメントで感じたのは、実際のところ、SNS内で活動してみないと、ちょっとピンと来ない内容なんだなと、改めて感じてちょっと反省。

はんぎょどんさんも、ぜひmixiでできることを色々試してみて、またその後の感想などを聞かせて下さい。

長文になってしまってスミマセン。
出張から帰ったら少しはノンビリできそうですか?
取りあえず奥さんの手料理で、早く疲れを癒やせるといいですね。

投稿: Gai | 2004.06.26 03:15 午前

Gai さん、返信どもなのだ。

まあ、いろいろ考えるところはあるのだが、何事も経験してみないとわからないので、mixi 日記を再開してみようと思うのだ。

今後のSNS がどのように発展していくのか・・・オジサンの視点でじっくり眺めてみたいと思うのだ。

投稿: はんぎょどん | 2004.06.26 08:26 午前

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