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2004.09.04

世界の中心で、愛をさけぶ (第十回)

死ぬってことが否定できなくなった時
死に方に夢を持つことは
諦めることなの?

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今週もまた、少し放心状態でこれを書いている。
でも、涙が込み上げながらも、予想していたほど心が弱っていないのは、きっとたくさんのことを考えさせられたからだと思う。
亜紀の言葉に、谷田部先生の言葉に、そして朔の行動に。

「今一番知りたい事って何?」との谷田部先生の問いに「私、何のために死ぬんでしょうか?」と聞き返す亜紀。
その質問に打ちのめされてしまった。
自分がそんな質問を受けたら、とても答えられないと思う。

 
しかし谷田部先生は答えた。

それは残された人、一人一人が決めることなんじゃないかな
その生き様を見て
広瀬亜紀はどんな風に生きてきた?

すごい脚本だと思った。
しかしこの後、本当のすごさを実感することになる。

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悩んだ末に亜紀の願いを聞くことを選び、オーストラリア行きのチケットを手に入れるために奔走する朔。
厳しさと優しさで見守る両親。

特に出発の朝、朔にお守りを渡し、「あんたはまだ17だから、なんかあったら、半分は親のせいなんだからね」と見送る母はとても大きく見え、また、黙って頭を下げる朔に、大人への成長を見る思いだった。

廣瀬家の病室での食事風景もまた、暖かさを感じた。
三浦友和演じる父の笑顔が素晴らしい。
手塚理美演じる母の、ふんわりとした表情が素晴らしい。

出発の日、白で統一した洋服姿の亜紀がカーテンのかげから出てくるシーンでは、亜紀がまるで天使のように見えた。あの儚さは何だろう。
まるで綾瀬はるか本人が、このまま死んでしまうのではないかと感じるような演技がその後も続く。
以前インタビューで「病気も入院も経験したことがない」と語っていたが、そんな少女がこうまで演じられるものなのだろうか。

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タクシーに乗って、亜紀がサクを突き飛ばしたシーンでは、朔と同様に、見ている自分自身も呆然としてしまった。
てっきり亜紀は朔に頼り切っていると思っていた。
でもそうではなかった。
自分の力でウルルに行きたかったのだ。
谷田部先生への「何のために私は死ぬのか」との問いの答えを見つけに、そして自分の生き様を示す為に。
負けず嫌いな面と、サクに迷惑がかかるからという優しい面を併せ持った亜紀。
亜紀の朔への強い思いと同時に、気品と気高さを感じた。

残されたカセットテープを聞きながら、亜紀の父が医者に訪ねる。
「これは自殺ですか?」と。
「反抗期だと思います。」との医者の答えに頷く父、その言葉を聞きながら、娘のパジャマを震えながら拳で握り締める母。
娘の強さ、気高さへの誇り、無力感、様々な思いが伝わってくる。

駅の階段を、手すりにすがりつきながら登る亜紀の姿があまりにも痛々しい。

その後に続く、駆けつけた朔との駅のベンチでのシーンもまた切ない。

「これ以上迷惑かけられないよ」「私、死んだらどうするの?」と語る亜紀に「担いで戻ってくるよ」と答える朔。
「重いかも」「腐るかも」との問いに、朔は「いいよ」「亜紀はそのまんまでいいんだよ」と答える。

亜紀を見つめる朔の瞳が、本当に優しさで満ちていて、人はあんな素敵な表情ができるんだと改めて思い知らされた。

電車の中での二人の会話はもう、どうしようもないくらい悲しい。

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待ってたの
私はずっと
朔のいない世界で
朔が生まれるのを
私は待ってたのよ

亜紀はたった3ヶ月とちょっとじゃない
一人だったのは
それってずるくない?
俺、これからずっとだよ

足速いんだもん、私

どこいくんだよ、そんなに走って
あの世なんてないって言ってたじゃない

天国。

逃げるなよ・・・

そしてクライマックスの空港でのシーンへと続く。

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最後まで自分の足で歩くと頑固な強さを見せて、精一杯生きようとした亜紀の姿は、谷田部先生が言った「残された一人一人が感じること、廣瀬亜紀はどんな風に生きてきた?」との問いに対しての、亜紀の最後の答えだったのかもしれない。

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切なさ、悲しさに押しつぶされそうになりながらも、様々なことを考えさせられながら、脚本や演出のすごさ、二人の演技の素晴らしさに感心させられながらここまで、思いのほか冷静に見てきた。
でも結局ここまでだった。

音楽が止まり、崩れ落ちる亜紀。
抱き起こす朔に亜紀が最後の力を振り絞って言葉を告げた時、もう涙が止まらなくなってしまった。

朔ちゃん
やっぱり あの世なんて無い
天国なんて 無い
ここ
ここ 天国だもん

好きよ 朔ちゃん

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朔の腕の中で、朔の愛を感じている、この時こそが亜紀にとっての天国。
第三話で、祖父が亡くなったとき、亜紀の腕の中で朔が「世界の中心」を感じたように・・・。

朔の「たすけてください・・・」が、大声の叫びではなく、「心の叫び」のように小さく繰り返される。
自分を「天国」とさえ呼んでくれた最愛の人が、自分を包んでくれる「世界」が、今にも壊れそうな自分の心とともに失われようとしている。
声にもならない小さな声が、まるで朔の心の断末魔の叫びのように深く静かに伝わってきて、涙が止まらなくなる。

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これまでのように17年後の朔太郎には戻らず、砕けたビンだけを映して第十話が終わった。

初めは17年間も引きずる男なんて、現実にいるのだろうかと疑問を感じたものだ。
このレビューの第一話の回でも自分自身でそう書いている。
しかし今ならわかる。
朔の苦しみと悲しみが。
愛の大きさが。
そして命の重さが。

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最終回、現在の朔は「世界」を取り戻すことができるのか、自分を許すことができるのか、悲しみを乗り越えることができるのだろうか・・・

柴咲コウの「かたちあるもの」に続いて流れた次週の予告で、亜紀に繋がれたオシロスコープの波形がフラットになり、「私は幸せでした、朔ちゃんをよろしく」という声が聞こえた時、収まりかけていた涙がまたあふれてしまった。

見るのはとても辛い事だとわかっていても、亜紀の最後の思い、朔や残された人々の生き様をしっかり見届けたいと強く思った。

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コメント

昨夜、第10話をひとりで観たのだ。
カミサンの体調は少しは回復してきたが、この話しのせつなさに耐え切れそうにもないので、自ら避けている感じ・・・

天候の影響なのか、1時間の内10回ほど映像がブチ切れる現象があって、神経が集中できず不完全燃焼・・・

最後のサクの叫び・・・「助けてください」は映画(の予告)とはずいぶん違っていたのだ。
TV版の方が、ピッタリした感じ・・・

この切なさって、幼いころにかわいがっていた猫が死んだときに似ていると思ったのだ。
大切なものを失ったときのピュアな心は、大人になると少しずつ色あせていくと実感したのだ。

でも、この年になって、あの幼かったころの気持ちを取り戻せるような物語に出会って本当に良かったと思うのだ。

最終回・・・最後まで見届けようと思うのだ。

投稿: はんぎょどん | 2004.09.04 09:55 午前

映像が切れる現象は一部の地域で出ていたみたいですね。
Gaiは幸い大丈夫でした。
このドラマを見る時だけは、電気もパソコンも消して雑音を極力排除して集中して見るようにしているので、そんな状況に見舞われたらショックです。

朔の「助けて下さい」は、映画版での叫ぶシーンを繰り返し見せられていたし、確か前回の予告ではTV版の朔も叫んでいたのでとても意外でした。
きっと急遽変更になったんでしょうね。
しかしそれは本当にTV版の朔らしくて大正解だったように思います。

生と死、命の重さ、大切な人を失う悲しさ・辛さといったものは、これまでも色々なカタチで見てきて、ある意味わかりきったことなんだけど、このドラマを通して見せられるととても心に響くのは、やはり作り手たちの思い入れが伝わってくるからなんでしょうか。

とうとう最終回を待つのみになりましたね。
はんぎょどんさんにはずっとレビューにもお付き合い頂いて、離れていても一緒に見てきたような感じがしてます^^;
最後も一緒に見届けましょう。

投稿: Gai | 2004.09.04 12:32 午後

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